Saturday, May 13, 2006

Vilhelm Hammershøi











Vilhelm Hammershøi (Vilhelm Hammershoi、ヴィルヘルム・ハマースホイ、ヴィルヘルム・ハマスホイ、ヴィルヘルム・ハンマースホイ)
1864年デンマークの首都コペンハーゲン (København, Copenhagen) で生まれ、1916年に同地で亡くなった。
デンマークの画家。

裕福な家庭に生まれたハンマースホイは1872年、8歳になると、Niels Christian Kierkegaard、Holger Grønvold、Vilhelm Kyhn といった著名な画家から絵画の個人レッスンを受け始める。
1879年から1884年にかけデンマーク王立芸術アカデミー (Det Kongelige Danske Kunstakademi) において Frederik Vermehren の指導を受けた。
また、1883年から1885年まで、私立美術学校でピーザ・スィヴェリーン・クロイア (Peder Severin Krøyer, P.S. Krøyer) に指導を受け、他にも Frederik Rohde に師事している。
1885年春、王立美術アカデミーの展示会に妹のアナ・ハンマースホイを描いた 『若い女性の肖像、画家の妹アナ・ハンマースホイ "Portræt af en ung pige. Kunstnerens søster, Anna Hammershøi (Portrait of a Young Woman. The Artist's Sister Anna Hammershoi)"』 を出品するも、アカデミー内からは支持を得られず、ノイハウスン賞に落選。
ハンマースホイのこの 『若い女性の肖像』 に新しい可能性を見た学生達はアカデミーのこの対応に反発し、大きな議論を巻き起こす。
この年、ベルリンとドレスデンを訪問しているが、これがおそらく初めての海外旅行で以後、海外を訪れる機会が増えていく。

1887年、オランダとベルギーを訪問し、ヨハネス・フェルメール (Johannes Vermeer) やヘラルト・テル・ボルフ (Gerard ter Borch) といった17世紀の巨匠達の絵画を研究。
1888年、コペンハーゲンの歯科医アルフレズ・ブラムスンは自身の美術コレクションに加えるためにハンマースホイの作品を購入したが、その中には、王立美術アカデミーの展示会で否定された、あの 『若い女性の肖像』 が含まりており、そういったアカデミーに否定された作品ばかりを集めて抗議の展示会を催した。
1889年、パリの展示会に4点の作品を出品し、この時、ジェームズ・アボット・マクニール・ホイッスラー (James Abbott McNeill Whistler) の作品を見る最初の機会を得、その後影響を受ける (複数の記事を参考にしながらこれを書いているのだが、1886年頃にホイッスラーの肖像画の影響を受けた母親の肖像画を描いたという記述を見かけたので、この部分は間違っているかも)。
1890年、日本を訪れたこともあるフランスの印象派の美術批評家テオドール・デュレ (Théodore Duret) はコペンハーゲン訪問し、ハンマースホイの作品を見て興味を持つ。

1891年9月、友人である画家のピーダ・イルステズ (Peter Ilsted) の妹イーダ・イルステズ (Ida Ilsted) と結婚。
ハンマースホイの作品に描かれている女性の後姿の多くはこのイーダをモデルとして描かれたもの――私が画像漁りで女性の後姿に執着するきっかけになったのが、ハンマースホイの描いた一連の女性の後姿からということもあって、個人的嗜好の面で特別な意味を持つ人、ということになるが、実のところイーダがあの後姿の正体だということを知ったのは、このエントリを書くに当たって情報を収集し始めてからのことなので、あまり大声では言えない。が、それでももう5年は経っている――であり、ふたりが1898年から1909年まで暮らしたコペンハーゲンのストランゲーゼ30番地のアパートは、ハンマースホイの作品に何度となく描かれている。
結婚直後、イタリアに渡って1892年3月まで滞在し、ルーブル美術館で巨匠達の作品に学んだり、美術批評家テオドールデュレや画商のポール・デュラン=リュエル (Paul Durand-Ruel) を訪問したりしている。

1893年4月27日に父親が亡くなった。
ロイヤルアカデミーから奨学金を得、10月から12月にかけて北イタリアに滞在。
ジョット・ディ・ボンドーネ (Giotto di Bondone) やマサッチオ (Masaccio、マザッチオ) やマゾリーノ・ダ・パニカーレ (Masolino da Panicale) といった初期ルネサンスの芸術家ばかりを見て廻ったそうで、翌年の展示会にはその影響が濃い作品――例えば、"Artemis" という作品などがそれに当たるだろう――が多く出品された。
1897年、最初のロンドン旅行。
その後1912年までに7度ロンドンを訪問することになる。
1898年、上でも書いたが、コペンハーゲンのストランゲーゼ30番地のアパートに引越し、1909年までにこのアパートの室内風景を約60点描いた。
1900年、パリの万国博覧会に参加し、銀メダルを受賞。
"Støvkornenes dans i solstrålerne. Strandgade 30"、"Åbne døre. Interiør med sortklædt kvinde på hvid stol. Strandgade 30"、"Fra Refsnæs" を出品したそうなのだが、検索してもどの作品なのかがよく分からなかった。
ただ、2枚目にポストした作品 "Stue med klaver og sortklædt kvinde" について、以前、

Stue med klaver og sortklædt kvinde. Interiør fra kunstnerens bolig. Strandgade 30 (Living room with piano and black-clad woman. Interior of the artist's home. Beach Street 30), 1901
Interior. With Piano and Woman in Black. Strandgade 30, 1901
長いのが本当のタイトル?描いた場所の情報も込み?
よくわからんな、これじゃ

というメモを残しているので、もしかすると同じ作品を指しているのかもしれない。

1904年9月に再びロンドンを訪れ、滞在期間中に影響を受けたホイッスラーを訪問している。
1908年、デンマーク王立美術アカデミーの総会会員に就任。
1909年、10年暮らしたストランゲーゼ30番地のアパートを引き払い、ブロード通り25番地のアパートに移った。
1910年、デンマーク王立美術アカデミーの評議員となる。
1911年、ローマで開かれた国際美術展で第一等を獲得。
1912年、再びストランゲーゼに戻り、25番地のアパートで暮らし始めた。
1914年6月、母親が亡くなる。
また、ハンマースホイ自身も癌であることが判明。
1916年、コペンハーゲンで咽頭癌で死去。

ハンマースホイの作品は、その死後、時代の流れとともに徐々に忘れ去られていったが、近年になって再評価の機運が高まり、今ではスカンジナビア圏で最も名の知れた芸術家の一人となった。
パリやニューヨークで行われた回顧展でも好評を博したようだ。

日本でも2008年9月30日から2008年12月7日にかけ、東京の上野にある国立西洋美術館でハンマースホイの回顧展が開催された。
展示会に際し、Wikipedia に 「ヴィルヘルム・ハンマースホイ」 という項目が出来、このエントリを立てた当時、日本でははまだそれほど多くはなかった Vilhelm Hammershøi に関するネット上での話題が増加、それまで Vilhelm Hammershøi のカタカナ表記として流通していた 「ヴィルヘルム・ハマースホイ」 や 「ヴィルヘルム・ハマスホイ」 は数を減らし (というより、当時のまま現状維持で増加しなくなったといった方がが正しいが)、「ヴィルヘルム・ハンマースホイ」 という表記が一般的に流通するようになった。
個人的にはこのエントリを立てた当時に使用した 「ヴィルヘルム・ハマースホイ」 という表記に愛着があるが、書き改めるに当たって、長いものには巻かれろとばかりに 「ヴィルヘルム・ハンマースホイ」 へと変更した。

ポストしたのは、

"Interiør," (1899)
"Stue med klaver og sortklædt kvinde" (1901)
"Interiør med kunstnerens hustru Ida" (c.1905)
"Interior Strandgade" (1908)
"The Courtyard" (c1905)
"Interior with Woman Placing Branches in Vase on Table" (-)
"Interior with a Lady" (1901)
"Interior wit a girl at the clavier" (-)
"Mujer joven vista de espaldas" (1904)
"Portræt af en ung pige. Kunstnerens søster, Anna Hammershøi" (1885)

の10点。


《関連エントリ》
traveling with the ghost: Peter Ilsted
traveling with the ghost: Carl Holsøe


Wikipedia
Artcyclopedia
Skandinavisk Kunst
Aurora Boreal
artnet
Vilhelm Hammershøi: the poetry of silence | Art and design | guardian.co.uk
archivehammershoi
SMK - Kunstner
Statens Museum for Kunst: Vilhelm Hammershøi
Vilhelm Hammershoi
Vilhelm Hammershoi : Toutes les oeuvres
It's About Time: Interiors by Danish Artist Vilhelm Hammershoi 1864–1916


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